2 posts tagged “コマーシャル”
雑誌「広告批評」主宰者、マドラ出版社主である天野裕吉さんが最近書いた、こんなコラムを目にしました。
タイトルは「広告主の品位」です。
(朝日新聞大阪本社14版4月15日、21面の生活にある「CM天気図」から原文のまま再掲します)
きょうはCMの中身ではなく、CMの出し方について、広告主の人たちにお願いをしたい。
番組の途中にCMが入るのはいい。が、モンダイはその入れ方のタイミングだ。たとえば、歌やものまねのうまさを競い合う番組の中で、いざ、審査員の点数が出ようとするとその直前に、ポンとCMが割って入る。あるいは、クイズ番組の中で正解が発表されようとするその瞬間に、サッと画面がCMに入れ替わる。ああいうせこいことはやめてほしいのだ。
あれは広告主がやっているわけではなく、番組を作っているテレビ局の人の考えでやっているんだろう。が、それだったら、そういういやらしいCMの入れ方はしないでほしいと、テレビ局の人に注文をつけてもらいたい。
たしかに、みんながテレビの前で身を乗り出している瞬間にCMを入れれば、見られることは間違いない。が、わざわざ番組の流れを断ち切り、視聴者の感興をそいでまで強引にCMを見せようとするやり方って、さもしくないのだろうか。みっともなくないのだろうか。
CMのセンスは、企業のセンスのあらわれである。それはCMの中身だけでなく。CMの出し方にも言えることだ。せっかくいいCMを作っても、ああいう出し方をされると、なんと視聴者をバカにした企業だろうと思われてしまう。いやおうなしに見させてしまうああいうやり方は、極端に言えば暴力みたいなものであって、消費者を大切に思う企業のやることじゃない。
近ごろハヤリの言葉で言えば、これは企業の「品位」にかかわるモンダイである。ぼくだけじゃない、みんなだいぶ前から、「品がねえぞ」と怒っている。
広告に造詣に深い天野さんだからこそCMを大切に扱っていることが感じられます。
広告は情報です。わたしたちの日常生活を豊かにする企業や商品、そして知恵をいろいろ知らせてくれるものです。近ごろは季節さえ感じさせてくれる風物になってきています。
テレビ番組によくある場面。
「10年目の親子再会、最初父親が登場そのあと娘が登場、その時、、、」、「クイズ番組、両者同点、最後の質問に答えた両者、さてどちらが優勝か、その時、、、」、「さて、ここで最近開発された効果のある方法を紹介します、と司会者、その時、、、」。
このような“その時”はコマーシャルタイムです。多くの場合、視聴者はすぐに感づきます
コマーシャルは「次が見たい、答えがしりたい、結果かが知りたい」といった時に挿入されています。
視聴者も慣れたもので、そろそろ「コマーシャルが入る」と感じています。そして席をはずし、手洗いに行ったりします。しかも「こんな時を狙って嫌だな」と悪い感情を抱きます。結局コマーシャルは見られていません。
今のコマーシャル挿入方法は、スポンサーにも、番組の盛り上がりにも不適切です。
“その時”にこんなテロップが流れたらどうでしょうか。
Stay tuned. SONY’s message will be right after your satisfaction. (このままで番組をお楽しみください。スポンサー・ソニーのご厚意でコマーシャルはもう少し後で入ります)
このようなテロップを“その時”に画面下に流し、番組の切りのいいところで広告を放映します。これにはスポンサーの思いやりが感じられ視聴者に好感を与えることにもなります。
スポンサーへの好感度も上がり、番組の盛り上がりも阻害しないこのテロップ方式は検討の価値はあるでしょう。
新聞雑誌などの紙媒体に始まり、ラジオ、テレビ広告も出稿減少の傾向にあり、ネット広告に流れています。今こそコマーシャル挿入方式を考え直すべき時です。
「見たい、知りたいなら、コマーシャルを見よ」方式は、お役所感覚、視聴者不在感覚です。
挿入方法をもっと工夫さえすれば、テレビ広告も楽しめるものになります、コマーシャルも現代生活の情報の一つですから。