「世界中の情報をすべて整理し尽す」という壮大な目標を目指すグーグル。しかも、検索をする人には無料、される方から広告料を受けるといいう新しい考えで躍進しています。
コンピュータのソフト、ハードを販売している企業、特にソフトだけを扱うマイクロソフトよりもウェッブ時代では企業の未来は大きいと感じます。
しかも“智”の提供としても「グーグルアース」はデスクトップで世界旅行を楽しませてくれる面もあります。グーグルの理念が経済理念だけではないように感じます。
ネットが個人の知力を世界的に、しかも無限に拡げているようです。
そのグーグルは、世界の情報の中に自分のプライベート情報が含まれるのを忘れていたのでは、と思うような記事にお目にかかりました。BusinessWeek誌です。
億万長者の結婚、そのリスクとお値段:
Zoe Galland (BusinessWeek誌エディター)米国時間2007年12月6日更新 「Billionaire Marriages: Why Get Hitched?」
米グーグル(Google)の共同創業者で製品部門担当社長のラリー・ペイジ氏の結婚式は、週末に秘かに執り行われるはずだった。ところが、その努力を台無しにしているのが、ほかならぬグーグルの検索エンジンだ。「ラリー ペイジ 結婚」と打ち込めば、挙式の詳細な情報が次々と表示される。 ラリー・ペイジ氏が12月8日に結婚 ペイジ氏が12月8日に、ルーシー・サウスワースさんと“とある場所”で結婚するのは確かなようだ。(BusinessWeeks誌)
写真には普通、撮影者は写っていません。今回の記事を読むと、撮影者も写る魚眼レンズを思わせます。
他人から見られるということは、自分も見られている、ということを教えられているようです。
ある広告のコピー、「高い視点が人生を変える。…」とありました。
このコピーだけで、何の商品広告か想像できたらマーケティング感度が高いかもしれません。
靴です、5㎝高いヒールのシューズの商品広告です。
「シューズ」と「人生」。直接関係ないかもしれない二つを「視点の高さ」で関連付けているところが興味をひきます。人生は周りの見え方で変わるという考え方でしょう。
確かに身長が伸びる時期に、“人生でも成長している”ように感じたことありませんか。
私自身、数ヶ月毎の米国出張で帰宅するたび、妻に用意された和室の寝床を見て「こんな低い所で日本人は寝ているのだ」と感じたことがありました。
アメリカでの生活で寝床のレベルが、ベッドという高さに慣れていたからでしょう。
きっと視点の高さは、日常生活の“慣れ”に関係しているのだと思います。
ちなみにこの靴の広告は朝日新聞紙上、コピーはビー・アップル株式会社のものです。
「このコインの円周が健康の分かれ道」といったコピーに500円硬貨の写真。
この広告商品が何なのかを想像してください。
商品をどう捉え、顧客にどう伝えるか―――マーケティングスタッフは日夜考えているのでしょう。
政治も大きな意味では“内閣の政策”という商品のマーケティングでしょう。顧客(国民)の視点で商品開発をすべきでしょう。
年金、格差、税金が商品コンセプトではないでしょうか。
企業セミナーに「オンリーワンを目指せ」いうタイトルを見かけますが、なせ、「ベストワンを目指せ」ではないのでしょうか。私には少し不思議に感じます。
オンリーワンは、言葉通りでは“唯一つ”のことです。特異性、排他性を求めればオンリーワンは比較的簡単に達成できます。
例えば、極端な例ですが、犯罪請負会社などという企業はきっとオンリーワンといえるでしょう。
いつの日も他人との関わり会いがある人間社会で、オンリーワンは関わり会いを否定することもあるようです。
歌謡曲の世界の話ですが、近頃の歌詞には「あなた」が減り、「わたし」が増えているそうです。愛は「あなた」と「わたし」の間にあるものです。「わたし」だけでは愛は育ちません。企業も自分一人では社会的に存在できないでしょう。
一方、ベストワンは他に多くの同業者がありながら、その中で他社より優れているわけですから、社会との連帯性や普遍性があります。
いたずらにオンリーワンを求めすぎると非社会性に流れてしまうでしょう。常に人は他人との係わり合いの中で生活しています。
CSR(企業の社会的責任)が求められる時代です。社会は「ベスト&オンリー」の企業に期待しています。
彼女の「クローズドノート」の記者会見、理由が分かりませんが怒っていましたね。
あの眼光に驚きました。
女優としての彼女には期待しています、今でも。
昔、ジェームスディーンの「理由なき反抗」って映画がありました。自分が思う自分と、他人が創り上げた自分との距離感に葛藤する物語でした。
「Rebel Without A Cause」が原題でした。今風に言えば「わけなくキレる」って感じです。当時の私はこの感覚が良く理解できたものです。
若者だからこそ感じる葛藤でしょう。すんなり受け容れてはいけない何かに悩む役をディーンが苦しみながら演じていたような映画で、今も印象に残っています。
葛藤もなく短絡的に暴れる行為に走る若者もいますが、彼女は少し“葛藤”をしているのが救いだろうと感じます。
入社間もない頃、「上司のネクタイの柄が気に喰わない」と会社を辞めるヤツがいても納得できた私です。
こんな私が書いている日記ですから、説得力はないでしょうが、今後とも沢尻エリカに期待しています。
第91代総理大臣に選ばれた自民党の福田総理が所信表明、臨時国会開会中に安倍首相突然の辞任で異例の同国会中2回目の表明となりました。
今回の所信の中で「私」という言葉が8回使われており、安倍首相13回、小泉首相19回と比べ最も少なかったことになります。
これを自己主張欠如と見るか、共生と判断するかはこれからの執政に表れることでしょう。
また、国民の関心事は「年金と医療」が一番高いのですが、これについての所信は時間にして約1分でした。
他方、「外交」については、国民の関心は5位でしたが、首相は約5分間も述べました。
言葉やそれを使った時間だけで首相の政策が読めるとは考えられませんが、国民との共生を第一に考えてほしいところです。
福田内閣支持率53%、不支持率27%(朝日新聞)。
高い支持率と報道されています。
この数字は本当に支持率と考えていいのでしょうか。組閣後何日が過ぎましたか。
新内閣がなにか国民にわかる具体的なことをしたのでしょうか。
具体的な政策を判断しての数字ではないはずです。どんな項目で調査したのかがよく解りません。
支持率ではなく、期待率なら理解できます。
福田首相は「支持率が高いですが、、、」という記者団の質問にたいして、「支持率のために政治をやっているわけではありませんから」と言っていました。
答えとしては優等生でしょう。
確かに支持率のためだけの政治は良いとは思いません。しかし支持率は政治の必要条件です、十分条件ではないだけです。
「支持率のために政治をやっていない」という、もっともらしいコメントはいいとしても、結果が伴わなければ、不支持率を増やすだけだと首相は理解すべきです。
必要条件が支持率です。十分条件が満足率です。
「うなぎ」のあだ名で呼ばれた親父(福田赳夫氏)に負けない政治を期待しています。
だだし、親父の時代とは政治的に国民意識は大きく変化しています。国民が当時よりは政治に目覚めています。それを見極めた政治が必要でしょう。
支持率、不支持率ではなく、満足率、不満足率といった調査はないのでしょうか。
国民が支持、不支持を判断する前に、福田内閣は厳然と存在してしまっているわけです。
与えられたものに支持も不支持も選択の余地はありません。
満足か不満足か、いいか悪いか、われわれ国民の解かり易いことばの調査があればいいと思います。
人生は一生という時間、といえます。
与えられた時間をどう使うか、時間という資源の使い方が人生に大きな影響を与えます。
また、性質、体質は、与えられた時間を使うための道具です。空間的資源といえるでしょう。
時間と空間という二つの資源は、どんな人にも平等に、それなりに与えられているはずです。
それを平等と感じるが不公平と思うかで人の一生は大きく変るようです。
9月15日午後一時、兵庫県芦屋市総合公園でがん患者を励ますイベントがありました。そのニュースがKTVのアンカーで紹介されていました。
時間と空間資源の重さ、尊さを感じました。
今日限りと思い自分の時間を精一杯生きる人、そうではなく、自分の明日を自らの誤解で親や友人を殺め、犯罪者になってしまう人生、まさに「人生いろいろ」です。
自分の人生という資源を無駄にしないために考えるべきです、気付かなかった資源が自分の中に在ることを発見するまで。
地球の資源は大切ですが、自分に与えられた資源はもっと貴重です。
世界柔道選手権大会で日本は金メダルをいくつか獲得しました。
しかし、大会中に日本選手の効果あり、技あり、と思われる場面で、そのように判定されなかった情景も目にしました。
ある解説者が「日本選手は自分が技ありと思った瞬間の隙に攻められている」とコメントしていました。
裏を返せば「外国選手はその隙を活かし、攻め返している」ということでしょう。
古来、武道には“残心”という心構えがあり、このような返し技に心するよう警告しています。
勝つか負けるかを競う“JUDO”か、それとも、道に則って戦う“柔道”かの認識の違いにも関係するのかも知れません。
道に反してまで、勝ちを求めることを「潔し」としない感覚がうかがえます。
「道」は勝負を決めるためのものではないのかもしれない。
ここに「競技」と「道」の大きな違いがあるようです。
しかし、日本にも古くから“勝てば官軍”とう考えもあります。
競技大会である限り、勝つことを最優先してほしいものです。
「自衛隊の補給活動を継続していくための法案を国会に提出し、成立を果たさなければならない。そのために全力を尽くし、職を賭していく。職責にしがみつくということはない」
この言葉が、安倍首相の最後の言葉になるでしょう。
“賭す”という言葉は過激です。賭博場で命を賭ける気持ちがあったのでしょうか。
どちらも、内容に乏しい“力のない言葉”でした。
言葉に魂が感じられません。言葉が持つイメージが出ません、描けません。
政治と芸能は同じステージでないかも知れません。しかし、“心に届く言葉”を相手に与える、という意味では同じでしょう。
言葉には魂が宿っているという日本人が古くからもっている考え方です。
阿久悠さんの歌詞です。例えば、舟歌の歌詞には、
「お酒はぬるめの 燗がいい
肴はあぶった イカでいい」というのがあります。
首相と阿久悠さん、どちらの言葉の方がイメージを与えてくれますか?
自分がどのような状況にいるか
何をしているか、何処にいるのか、何をしようとしているか
何を求めているか、
などは、阿久悠さんの言葉にはイメージがあります。
政治では「列島改造」、「所得倍増」、「郵政民営化」。
いずれも、現実を充分に理解していなくても、変化がやって来る期待感、ワクワクする思いを感じました。
政治、芸能を問わず、心に届く言葉を伝える能力がなければ、その職業での生命は短いようです。力のない言葉は役に立ちません。
ビッグスターも、偉大な政治家も、共通しているのは、
心に届くメッセージでイメージを届ける能力です。
ボランティアは自分の能力や技術を活かしたいと思って活動に参加しています。
「それが活かされている」と感じる充実感が“報酬”でしょう。
今回のIAAF世界陸上競技選手権大阪大会には4千数百人のボランティアが参加しています。開会前にはそれでも不足だと追加募集をしたほどでした。
現実はどうなのでしょうか。
現場では「今日も暇だった」といっているボランティアは多く見られます。「何処が不足やねん。俺、今日何したかよう解からん」などのボヤキも良く耳にします。
ドライバーが不足とのことで急遽応募したボランティアも「なにしに来たかよう解かりませんわ」と控え室で時間つぶしの状態。
運営母体の市政を見ているようです。“お役所仕事”の悪い例が露見しているようです。
お役所仕事その1――人数確保が第一
応募者は何が出来るか、なにを役立てたいかはほとんど無視。能力、技術に関係なく、とにかく人数確保が優先。各業務単位での人員を組織的に活用、運営する段取りなしです。
募集時の面接やテストは何だったのでしょうか。テストなどせず「何でもできますか」の確認だけで充分であったように思います。
お役所仕事その2――コスト意識ゼロ
ボランティアも人材です。ある業務に何人かが必要な場合、私企業では、先ず考えるのが人件費です。ボランティアに支払えと言っているのではなく、その業務の人件費意識があれば、人員配置にもっとシビアになったのではないかと言いたいのです。コスト意識があれば適正な人材と人数を適所に配置できまるはずです。コスト意識のないまま人数を求めたことが「人が足らない」現象が各部門に起こったのでしょう。
住民からの税金が財源という組織独特の運営力、社会力の欠如を感じさせます。
「制度を創り、人数を配置し、予算さえ取れれば、後は野となれ山となれ」という意識を改革すべきです。税金が上がるだけ、と思わず今後の市政が心配になります。
ボランティア活用は今後ますます必要でしょう。災害時のボランティア運営事例などを公共団体はもっと研究し、今後に生かしてほしいものです。